料理下手肥前くんが審神者に懐くまで

「アァ? 料理だァ?」
 思わず眉間に力が入る。刀が畑当番やら馬当番やらも有り得なさすぎて笑えたが、その上厨当番だと? この人間は刀が何をするためのモンか知らねェんじゃないのか。
 そんな気持ちを込めて正気を疑う視線を目の前の"主"に送れば、男は宥めるように苦く笑った。
 ……気に食わねぇ。
「アンタは知らねェのかもしれねぇが。刀は野菜を切るためにあるんじゃねェ。敵を斬るためにあるんだぜ?」
「ああ、よく知ってるよ。だが、これは本丸の決まりでな。初めの一度は適正を見るためにも調理場に立ってもらうし、適正がなかったとしても皮剥き程度は全員に当番制で手伝ってもらってるんだ。なにせ人数が多いんでな」
 だからお前もある程度は、料理ができるようになってもらうぞ。
 嫌味を言っても意に介さないとでもいうようにさらりと流され、加え納得せざるを得ない事情を並べ立てられて、額に青筋が走る。しかし全員に課せられた任務だというなら、従う他ない。
「……俺はメシは食う専門だ」
「知ってる。いっぱい食えよ」
 にこにこ笑ってそう宣った男を思い切り睨み付ける。殺気すら乗ったかもしれない。それでも堪えた様子が微塵もないのは、さすがに戦争初期から戦い抜いてきた審神者だといえた。
 ますます気に食わなくて鼻に皺が寄るのがわかる。
「……いつだ」
「今日の夕飯だな。もう仕込みが始まるころだ」
「っ! それを早く言え!」
「はは、待て待て。一緒に行こう。まだ本丸を全部把握してないだろ?」
 誰がアンタと、そう怒鳴ろうとして、確かに厨の場所を知らないことに気づく。顕現して間もない上に決まった場所にしか赴いたことがなかった。
 だが、この審神者と一緒に行くのは気が進まない。飄々として、いつも微笑んでいるような、胡散臭い男。主として認めてはいるが、信頼などできるはずもない。そんな男と二人きりで歩く気詰まりなことがわかりきっている道中を想像するだけでげんなりした。
「ほら、肥前。行こう」
 なんでもないように手を差し出される。……馬鹿じゃないのか。こいつの目には俺が短刀にでも映ってるのか? 意味がわからない。
 なにか声をかけるのも煩わしくて、差し出された手を一瞥したその後は視界にも入れず、審神者の横を通り過ぎる。そのままずんずん足を進めていれば、後ろから仕方なさげに笑う男の声が聞こえて、無性に癪に障った。
「っておいおい、場所わかるのか? 先に行くな、肥前」
「…うるせェ。アンタが早く来ればいい話だろ」
 そうなんだがなあ、と笑いながらまた俺を追い抜いて先導する審神者の後を大人しく着いていく。
 呑気に鼻歌なんぞ口ずさむ、自分より広い背中。脇差の俺より高い身長。……何故か脳裏に焼き付いた、先程差し出された手のひらを思い起こす。節くれだって細長い指。マメができてはいたが、剣を握る者の手ではなかった。
 前を歩く審神者にチラと目をやり、自分の手に目を落とした。マメも潰れてタコだらけの、手。いつだって俺の目には赤い血の色を纏って見える、醜い手だ。アイツだって、
「……こんな手握りたくねェだろ」
 口の中でボソリと呟く。自嘲と、皮肉と諦観。期待などしていない。誰かが信じてくれるなど思ってもいない。俺が本当はどう思っているか、なんて。誰も。
 畑当番? 馬当番? その上料理だと? こんな血に塗れた手で何かをつくるなんてお笑い草だろう。俺にできるのは人斬りだけだ。……人斬り、だけだ。
 
 ◆◆◆
 
 
「う、わあ……」
「これは……」
 鍋でぐつぐつと煮える、味噌汁になるはずだったもの。あまりにもひどい異臭と色に、フォローの言葉もなく引いた声を上げる燭台切と歌仙に、肥前が噛み付いた。
「っ、なんだよ! だから言っただろ、俺は食う専門だって……!」
 ……むしろ泣きそうになってないか? そう内心首を傾げながらきゃんきゃん吠える肥前を見つめる。本刃にそのつもりはないだろうが、無表情のように見えて存外分かりやすい肥前の表情を見て、二振りも焦ったようだった。
「い、いやいや! 確かに変わった色をしてるけど、食べたらおいしいってパターンは今までたくさんあったんだよ!」
「そ、そうさ。ほら、全振りが一度は作ってみるからね。世にも恐ろしい色をした味噌汁なんてこれまで何度も見てきたんだ。重要なのは見かけじゃなくて味さ、ね、燭台切」
「うんうん、そうだね歌仙くん」
 フォローにもなってないフォローをしてお椀に味噌汁もどきを掬う。そして一口含んでみれば、二振りの顔色がザッと面白いくらいに変わるのだからその味も察しがつくというものだ。
 肥前は無表情でそれを見つめているが、どこかその表情に昏い諦めが滲むのを見つけておやと目を細めた。
「……もういい、これで分かったろ。俺は厨当番から外せ。皮むきやれっつんなら、それはやるから」
「……そう、だね。皮むきや単純作業は任せることになると思うから。えっと、よろしくね。肥前くん」
「皮むきも慣れなかったら、練習に付き合うか、ら!? 主!? 何してるんだい!?」
 気まずそうな雰囲気で話す三振りを尻目に味噌汁をお椀になみなみついでいれば、気づいた歌仙が目を剥いた。
「なにって……飲もうとしてるんだが?」
「えっ、主くん、えっ、」
「いや、主、いや、」
 止めたいが作った本刃がいる手前強く止められないというのがありありと分かる動揺のしぐあいだった。同じ言葉を繰り返すだけの壊れた二振りに見向きもせず、心底腹が立っていると言わんばかりにこちらを睨んでくる肥前がお椀を取り上げようとする。
「っアンタ……! なんのつもりだ! わかってんだろ、そりゃ不味ィんだよ、食えたモンじゃねェんだ! 同情か、好奇心か? 巫山戯んのも大概にしろよ……!!」
 低く唸るように紡がれた言葉は予想通りのものばかりで。怒気を全身でぶつけてくる肥前がなんだか必死で虚勢を張って吠える子犬に見えてきて、思わず笑ってしまった。
「っアンタ、なに笑って……!?」
「…ん、確かに。こりゃ不味いな。あれだな、肥前お前これ…この日本酒と柚、あとは──あれだな、カツオのたたき、入れただろ?」
「……!?」
 ずるずる飲み干しながらそう言えば、肥前は驚いたように身を強ばらせた。当たりのようだ。生臭さと酸っぱさ、そして大量に注がれたであろう酒の苦味が絶妙に最高の不味さを演出している。
「さすが主、よくわかったね!」
「なるほど、すべて高知の名産だね」
 感心したようにパチパチ拍手している二振りにさらにギクリと身を震わせる肥前が、昔飼っていた犬に重なって見えて仕方ない。俺の目はおかしくなったのだろうか。
「お前の主が食べてたんだろ? 美味しいものと美味しいもの、そりゃ合わせたら美味しくなりそうだもんなァ」
「っ、…っ、」
 こちらを睨み付ける肥前は怒ってるんじゃない。動揺して、どんな顔をすればいいのかわからないのだ。
「お前は料理が上手くなるよ、肥前。だってお前、食うやつらに美味しいって思ってもらえるように、自分の知ってる美味いもの入れたんだろ?料理はな、美味いって言わせたい、その心があれば幾らでも上達するもんだ」
 肥前の手際それ自体はそれほど下手だったわけじゃない。多分思いつきで材料を入れて失敗するタイプ。そのタイプは、レシピ通りに作るように徹底したら大概上手くいく。
 たった一度の失敗で、あんな諦めた顔をするようなもんじゃない。
「…、なにか根拠でもあんのかよ」
「あるな」
「……ンだよ」
「俺がこれからお前に教えるからな! 上手くならないはずがない」
「「「はあ!?!?」」」
 えっ、ちょっ主、それほんと!? ずるくない!? そうだよ主、そんなこと今までしなかったじゃないか!
 ぎゃーぎゃーと後ろで騒いでいるが、シャットダウンだ。今までダークマター作り出した奴らは図太く「やっり〜これで俺料理しなくていいんだろぉ?」とかいう奴らばっかだったろうが。察しろ。
 こいつは。たぶん、お前にも斬る以外に出来ることがいくらでもあるってこと、教えてやんなきゃなんねェんだ。
「……いらねェよ、なんでアンタと、」
「主命だから、これもう決定事項な」
「〜〜っ!アンタ!性格悪いってよく言われるだろ!」
 ギリギリ歯軋りしそうなほど悔しそうな顔をしている肥前に、にっこり笑いかける。
「あァ、よく言われる」
 
    
 
 
 ここまでがプロローグでこれから審神者と肥前くんでお料理教室を毎週開催されることになるんだけど、その間に審神者にどんどん内心絆され懐いていくけど外ではツンツンしてる肥前くん、料理がある程度作れるようになったころ丁度仕事が忙しくなったし肥前も嫌がってるいっかと思ってお料理教室を「今日で終わりな。お前の料理はもう十分上手いし、教えることはもうない。……悪いな、ずっと嫌がってたのに付き合わせて」って終わらせちゃって今まで嫌だ嫌だと思って渋々付き合ってるつもりだったのに、毎週料理教室の時間になるとソワソワしてけど審神者は声をかけてこなくて何故か寂しくてめっきり審神者と話す機会も減ってあ、自分はあの時間が、自分が人斬りじゃなくなるあの時間が好きだったのか、って自覚する肥前くん、審神者に教えて貰って上手く作れるようになった味噌汁をもって執務室に行って、「俺は。……俺は、もう味噌汁を失敗しねェ。けど。俺が知らない料理はまだまだあるはずだ。アンタはそれを全部教えてねェはずだろ?なのに、……やめんのかよ。アンタから始めといて、勝手に…!俺の意見も無視して、やめてんじゃねェ!無責任なことしてんじゃねェよ……!」ってぼろぼろ泣いちゃう肥前くん、それで自分は審神者と過す時間が好きだったんだ、審神者と過すときは、俺は人斬りの刀じゃなくて、料理も作れる、主の刀なんだ、って胸が締め付けられる肥前くん、そんな肥前くんが見られるはずです【続く】
 



「…なァ、アンタ。他の刀にもこんなこと、してたのかよ」
「ん? ああ…前に歌仙達が騒いでたの聞いてなかったのか?」
「っにがだよ、ってか近ェ、よ」
「初めてだよ」
「っ、」
「お前が初めてだよ、肥前」
「っ、そ、そーかよ……」
「どーした?顔赤いなァ?」
「っにやにやすんな…!馬鹿主!」
「なァ、」
「ん?どうした肥前。もじもじして」
「してねェっ!喧嘩売ってんのかアンタ!」
「はは、悪かったって。それで?」
「今度、これ、……作ってみてぇ」
「!へえ、初めてだな。お前がリクエストすんのは。これ、食べてみたいのか?」
「、そーだよ」
(…アンタの好物だからだろうが。鈍感)
 
 
「なーにしてんの、主」
「お、加州。なんだ、つまみ食いしにきたのか?」
「違う違う、あの腹ぺこ組と一緒にしないでよね。料理教室まだ続けてるって聞いて見にきたの」
「おー、でもまあ食ってけよ。ほら、」
「むぐっ、ん、…ふうん?美味いじゃん」
「だろ?それ、肥前が作ったやつ」
「は、?なにそれ、全然美味しいじゃん。もう料理教室要らなくない?」
「やったな、肥前。加州は割と味に煩いからな。お墨付きもらったぞ」
「勝手に食わせてんじゃねェぞ馬鹿主」
「はは、悪いって」
「…俺はアンタに、」
「ん?悪い、聞こえなかった。なんつった?」
「っうるせェなんでもねぇよ!」
「……ふうん」
「ん、どうした加州。もっとほしいのか?」
「だーから。俺はつまみ食いしに来たんじゃないってば。それよりさ、ねえねえ主、……俺にも料理教えてくれない?」
「あー?お前普通に上手いだろ。何を教えんだよ」
「そんなのその新刃くんだって同じでしょ?相っ変わらず鈍いよねー、主ってば」
「まあそう言われればそうだが…なァ?今までそんなこと言ったことなかったろ」
「もー、そんなこと言わなくてもわかってよね。その新刃くんだけずるいじゃん?俺も主と料理したいんだよ」
「……ふむ?」
「ね、いいでしょ?主」
「まあ、」
「っ駄目だ!」
「うわっびっくりするじゃん、急に大声出さないでよ」
「……っ、…、…っアンタ、料理上手いんだろ。なら、…必要ねェだろ」
「…なに?肥前、だっけ?アンタにそんなこと言う権利、ないと思うけど?」
「…っそれは、」
「なに、それとも。嫉妬?独占欲?」
「っ!」
「……あー、待て待て加州。それ以上肥前を苛めてやんなって」
「えー」
「加州」
「……はぁい。ま、でも主、俺も本気だから。考えておいてよね」
「え、本気なのか?」
「……はーーっ、やっぱり鈍い。本気じゃないならなんなんだよ」
「いや、新刃いびりかと」
「……ま、主はこういう人だけど。忠告しとくよ、肥前忠広。アンタと同じ気持ちなのはアンタだけじゃないし、」
「……」
「最近のアンタのイロイロに目を瞑ってきたのもアンタが新刃だったから。そろそろアンタも慣れてきた頃だろうし。……この本丸の不文律、教えてあげるよ」
「え、なに加州。不文律って。俺知らないんだが」
「主は黙ってて」
「はい」
「……ッハ、上等だ」
「そ。なら今日の夜、大広間ね。きっと他のみんなも集まるだろうし」
「え、なになんか集まるのか?俺も、」
「主は絶対禁制だから。立ち入り禁止」
「えー」
「……そんなにいんのかよ」
「多いよ?覚悟しときなよね」
「……こんなヤツに?」
「これがいいんでしょ。アンタも、…俺も」
「仲間外れはひどいと思うんだよな……な、こんのすけ」
「「……」」
「……じゃ、そういうことだから。俺次手合わせだから」
「おー、そうか。頑張ってこいよ」
「、ふふ、もっと撫でてもいいんだよ?」
「手合わせ終わったらもっと撫でてやる。ほら、行ってこい」
「はーい。…いってきます」
「いってらっしゃい」
「……」
「?どうした、肥前?」
「……ぉ、れも、」
「?」
「〜〜〜っ、ほんと鈍いなアンタ!!」
「えっ、なんで怒られたんだ今」
「くそっ、なんでもねェよ!」
「あー、悪い悪い、なんかわからんがそう怒るなって、な?」
「!」
「っと、すまん、つい癖で撫でちまった、」
「っゃめんな、」
「へ、」
「〜〜っやめんなって言ってんだ!」
「……、く、はは、そうか」
「……笑ってんな」
「いやぁ、お前がかわいくてな?……顔、真っ赤だぞ」
「かわっ、いくねェ……っ」
「はは、また赤くなった。頭くらいいくらでも撫でてやるから、そんな照れんな」
「っ、っ、俺はっ!……、やっぱアンタ、鈍感すぎだろ……」
「?」

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